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ペリー来航から日清戦争

2018.05.17

かおる

かおる

趣味・興味関心分野:ディズニー、日本史(特に近代史)、野球・サッカー(幼稚園から小学校までサッカー、中高は野球をやっていました!) なんでも文章:僕は、文章を書くのがすごく苦手です。ですが、「伝えたい真実」がたくさんあるので、苦手でも精一杯書いて、皆さんに感動を与えられたらと思ってます!

①ペリー来航から富国強兵へ

 アヘン戦争(1842年)で「眠れる獅子」と言われていた清国がイギリスに敗れたと聞き、日本人は「次は日本だ」と警戒します。その危機感を裏付けるかのように、1853年ペリーが浦賀に来航し、日本に不平等条約を突きつけながら、開国を迫りました。

 坂本龍馬を初めとする志士たちは、「欧米の技術を取り入れながら国力を高め、日本の外国の植民地になることを防ぎ、いつか必ず雪辱を果たす」と考え、不平等条約を一旦呑み、開国を決意し、富国強兵策を取り始めます。

「機械製品および一般実用製品において日本人はたいした手技を示す。彼らが粗末な道具しか使ってなく、機械を使うことに疎いことを考慮すると、彼らの手作業の技能の熟練度は驚くほどである。国民の発明力が自由に発揮されるようになったら、最も進んだ工業国に日本が追いつく日はそう遠くないだろう」

— ペリー —

 

②日朝修好条規(1876年)

 いくら日本が近代化を成し遂げても、欧米諸国の脅威が完全になくなるわけではありません。特に、一年中凍らない港、不凍港を求め朝鮮半島を狙うロシアに対して、明治政府は危機感を抱いていました。なぜなら、もし朝鮮がロシアのものになれば、日本の目と鼻の先にロシアが存在することになり、次に日本が狙われる可能性が極めて高いからです。そこで明治政府は、朝鮮にも近代化をすすめるように働きかけました。そしてついに、日本と朝鮮による「日朝修好条規」が誕生します。条約の第一条は「朝鮮は自主独立の国であり、日本と平等な権利を有する」と謳っています。しかし、これを許さなかったのが、清国です。清国は、「朝鮮は我が属国だ」と主張し続けます。また、袁世凱(えんせいがい)を朝鮮に派遣し、朝鮮の独立派政権を潰してしまいます。「朝鮮は独立国だ」という日本の主張と、「朝鮮は我が属国だ」という清国の主張。両者の意見がぶつかり合い、やがては日清戦争に突入していくのです。

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③日清戦争(1894年-1895年)

 日清戦争での、日本と清のそれぞれの宣戦布告を見ていきましょう。

日本☛「朝鮮は我が国が誘って列国に加わらせた独立の一国であるのに、清国は常に朝鮮を自分の属国と言って内政に干渉し続けている」

清国☛「朝鮮は我が大清国の藩属たること二百年、毎年朝貢している国である」

 
 かつて「眠れる獅子」と言われるほど力を持っていた大清国ですが、あっさりと日本の勝利で終わります。日本は、日清戦争後の下関条約において、朝鮮を独立国であると認めさせ、遼東半島や台湾を獲得しました。しかし、遼東半島にある旅順という不凍港をとられまいとするロシアが三国干渉(ロシア、フランス、ドイツ)を仕組み、さすがに三国と戦う力はないと判断した日本は遼東半島を返還します。ちなみに、その後ロシアは遼東半島に要塞を作り、日露戦争では最大の激戦地の一つとなります。日本は、日清戦争に勝ちはしましたが、三国干渉により「次はロシアだ」とし、日露戦争に突入していくのです。

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 今回の記事で、かつての日本が、列強から自国と朝鮮の独立を守るために戦い、力を尽くしたのが分かったのではないでしょうか。

 韓国と北朝鮮、そして中国が「真実の歴史」を素直に受け止め、アジアに真の平和が訪れることを心の底から祈っています。

 
次回はついに、「日露戦争」勃発!

この記事を書いた人

かおる

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趣味・興味関心分野:ディズニー、日本史(特に近代史)、野球・サッカー(幼稚園から小学校までサッカー、中高は野球をやっていました!) なんでも文章:僕は、文章を書くのがすごく苦手です。ですが、「伝えたい真実」がたくさんあるので、苦手でも精一杯書いて、皆さんに感動を与えられたらと思ってます!

学年 : 大学3年生

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